ジュライホテルを覚えていますか2010年10月17日 16時02分30秒

先日、BS-TBSのバンコクを特集した番組を見ていました。
その番組は名所旧跡、グルメやブランドの紹介ではなく、タイ人の信仰やマッサージを取り上げて、落ち着いたBSらしい旅行番組でした。
番組の後半、チャイナ・タウンの廃墟のビルが映し出されました。
「むっ!このビル知っている!どこだっけ!」
と、ナレーションで「1980年代、日本人旅行者にとってはなつかしいジュライホテル・・・」
「わぁ、ジュライや。まだ建物のこっているんや。この番組のディレクター、ジュライ泊まったことあるやろ。」とひとりでテレビに突っ込みをいれていました。

ジュライホテルのあったチャイナタウン・エリアは1980年代、日本人バックパッカーの集まるエリアで、今、メジャーなカオサンは、欧米人中心で日本人には知られ始めた頃でした。

私は、ジュライホテルや楽宮旅社などの日本人のたまり場ホテルが苦手なのと、夜になるとマリファナの売人や娼婦が多く治安が良くなかったのでチャイナ・タウンには食事に行くぐらいでした。
そんなことを思い出しながらテレビを見ていました。
ジュライも1995年に営業をやめて、楽宮旅社もなくなり、旅行者はカオサンに移っていきました。

そんなこと思い出しつつ見ているとジュライの近くの北京飯店が映り、カメラが店の中に入っていきました。
「まだ営業しているんだ。」

ここでカツ丼とかアサリの味噌汁が安く食べられるとあって日本人旅行者のたまり場でした。
私も1~2度行きました。
番組ではそのカツ丼やアサリの味噌汁を作ってもらっていました。
「このディレクター、若い頃このエリアに泊まって、ここで飯喰ったな。」

ここを懐かしいと思う人は40歳以上だよ。

何気なく見ていた番組でしたが、最後にディレクターの思いが伝わってきて面白かったです。

最近はチャイナタウンに行くのはブー・バッポン・カリーを食べに行くためですが、こんど北京飯店に行ってみましょうか。