孤独な鳥はやさしくうたう(田中真知 著)2008年07月20日 17時09分47秒

ちょうど10年前の1998年の夏、私は娘と一緒にNHKの特番「痛快!バックパッカー」という番組に出演しました
メインコメンテーターは下川裕治氏で進行は小野アナウンサーとアメリカザリガニ、それを取り囲むように雛壇を旅行者(バックパッカー)が20人ぐらい座ってインタビューを受ける形式の番組でした。
その中に「旅行人」のメンバーの一人T氏が参加されていました。
そのせいか「旅行人」がウェブサイトを開設したばかりということもあり、そこのBBSは盛り上がっていました。
そりゃそうだ、天下のNHKがバックパッカーの特番を作り、タダで海外旅行にいけるらしいと噂が広まっていたし。
(げんに私はディレクターから「娘と一緒にフィリピンに一週間行ってほしい」とオーダーを受けましたし。)

話を元に戻すと、リハーサルとか本番前の楽屋では旅の雑談会でした。
変な話ですがバックパッカーの間ではそれなりに知られている人ばかり集まっていたので、面白い話ばかり、その中でエジプトに長く住んでいて旅行人のライターの田中真知さんの話が出ました。
当時、私はまったく知らなかった人だったのでフンフンと話を聞いていただけでした。

当時旅行人は蔵前仁一氏を中心として「旅の報告会(名称忘れた)」を時々開催していました。
東京で開催されたとき、私は東京に行っていて都合がついたので参加してみました。その時、田中真知さんもゲストでこられていて「ああ、この人が田中真知さんなのか。」「アフリカ旅物語」も読んだあとだったので、どんなすごい人かと思ったら、私と同世代のどこにでもいるフツーの人だったのが逆に印象に残りました。

以来10年。
旅行人そのものを買うことはほとんど無かったのですが、田中真知さんの文章は好きでしたので「ある夜、ピラミッドで」など単行本が出れば買っていました。
グラハム・ハンコックの「神の刻印」の翻訳者が田中真知さんとわかった時は唸ったものでした。

その田中真知さんの著書が久しぶりに発売されました。
「孤独な鳥はやさしくうたう」(旅行人)
「旅行人」という雑誌も10年前は年10回刊行していましたが、今は年2回になっているようですね。
その旅行人に連載した旅行エッセイと書き下ろしで構成されています。

相変わらず簡潔で無駄の無い文章、上手いですね。
でも読み終えて感じたことは「こういう旅行記は一般的に受け入れてもらうには難しい時代になったな。」ということです。

「追いかけてバルセロナ」の章ではイタリアで知り合った女性をバルセロナまで追いかける話のベースは、1988年当時は東西冷戦の最中でギリシャ、イタリア、スペインは北ヨーロッパより物価がはるかに安く、アジアからの旅行者はこのエリアで滞在していたこと、携帯電話やネットなど無い時代でした。こういう背景を知っていると、この追跡行がどれだけスリリングで知的な面白さかあるかわかります。

「父はポルトガルへ行った」中で現地大使館付けで手紙が届いた話も私も利用したことがあります。
電話もままならない時代、大使館付け、中央郵便局付け、AMEXの支店付けの手紙が家族知人との唯一の連絡先でした。
その中での体験。
どれもが懐かしい同時代の旅人の経験です。
無造作に束ねられた手紙から探し出す作業は楽しみでもあり着ていない時の落胆と隣り合わせでした。

それから現在に至るまでの旅のエッセーです。
古い時代のことを知らなくても古さを感じさせないのが真知さんの上手いところだと思います。

先も書きましたように90年代のように旅行記でも出せば玉石混合で石でも売れた時代はネットの素人の旅行記に席捲されてしまいました。
また何でもネットで知ることができる時代、そのため、わざわざ旅に出ない時代。
自宅のモニターの前でなんでも情報を得ることができてしまう時代。

でも真知さんもあとがきで「旅をあきらめてはいけないと思う、きっと、まだ見えていないものがある。」書かれています。
私も同感です、どんな国や地域でも都市でも町でも村でも、自分で行ってみて空気、匂いを感じることによって得られるものはあるはずです。

「情報」の無い「旅行記」。
でも、この本の一編でも読めば、「旅って面白いんじゃない。」とそう思わせる力があります。
そんな素敵な本です。