義父の死と娘の心2006年10月15日 12時54分11秒

11日、妻の父が亡くなり太宰府に行ってました。
3年前に喉頭癌の手術をして、この9月に再入院、医者からも年内いっぱい持つかどうかと告げられてましたので、それなり心の準備はしていましたが、予想より早く容態が急変して逝ってしまい、最後を看取ることができませんした。

11日の朝、オフィスに出勤した途端、妻から携帯に「父の様子が急変したので、これから福岡に行く」と電話がかかってきました。そして10時頃新幹線の中からメールで「もう逝ってしまった。」と連絡が入りました。あまりにも急だったので当面の仕事の引継をして関係者に連絡をとって、翌12日の朝一のフライトで娘を連れて福岡入りをしました。

義父は昭和6年生まれの享年75歳。
たまたまですが私の亡くなった父と同じ年の生まれだったので、父が57歳で亡くなったあとは、私の実の父のような存在でした。

私は、学生時代から友人、彼女や父、祖母など親しい人を何人か亡くしたので、別れの辛さはわかっているつもりですが、娘は高校1年で初めて自分の身の回りの親しい人を送ることになります。
まして娘は「初孫」なので、義父に一番可愛がられた孫でした。
娘がどう反応するか心配でした。

10時過ぎ太宰府の家に到着。
遺体は家に戻っていて、先に来ていた妻が最後の状況を説明してくれました。
案の定、娘はパニックに陥り、泣きじゃくりながらしばらく立ち上がれませんでした。
そして「お爺ちゃんが死んだのは自分のせいだ。」と過度の反応をしはじめたので「これはマズイ」と思い、何度も何度も「そうじゃない。これは仕方がないこと。順番だ。」と言い聞かせました。

お通夜でも葬儀でも娘は何度も泣きました。
葬儀の時は、孫一同で義父を送る言葉を娘が書き、従兄弟がそれを読み上げると、私も「うっ」とこみ上げてくるものがありました。

最後、火葬場で骨を拾っている時は娘は落ち着いていました。
心の整理がついたのでしょう。

人はいつか死にます。
これは順番です。順番が逆だっともっと辛い別れになってしまいます。
今回は、娘にとって初めての辛い経験でしたが、親しい人の「死」を経験をして「生」を自分のものとする事ができたと思います。
それは義父が孫に最後に贈った、生きていくうえで一番大事なことでした。