妖怪とミステリーと憑物落し2006年12月01日 22時00分04秒

京極夏彦

京極夏彦の最新刊「邪魅の雫」(じゃみのしずく)を読み終えました。
新書で2段組、820ページは読み応えがありました。

1994年に「姑獲鳥の夏」(うぶめのなつ)の衝撃デビューから妖怪の名を冠したミステリー作品を発表しています。デビュー当初は、この頃流行っていた綾辻行人や法月倫太郎などの「京大ミステリー研」の一派かと思っていました。
当時、推理パズルのミステリーは読み飽きていたので、さほど期待せずに読んだのですが、言葉使いの巧みさ、重層なストーリー構成、登場人物の魅力で「これはすごい」と、以来、京極氏の著書はほとんど欠かさず買っています。
現代小説、時代小説や短編も面白いですが、やはり「長編ミステリー」が一番好きですね。

氏曰く「作家が妖怪小説を書いたのではなく、妖怪好きが作家になったのです。」・・・なるほど。

「魍魎の匣」(もうりょうのはこ)「絡新婦の理」(じょろうぐものことわり)「塗仏の宴」(ぬりぼとけのうたげ)「陰摩羅鬼の瑕」(おんもらきのきず)など一連のシリーズは、妖怪名が冠された奇妙なタイトルですが、読み進めていくうちに収斂されてきて何故このタイトルなのかが納得できます。

このシリーズ主要な登場人物は
中禅寺秋彦・・・古書店主人、神主であり陰陽師、通称「京極堂」
榎木津礼二郎・・・人の見た残像が見えてしまうという特殊才能の持ち主、職業・探偵
関口 巽 ・・・精神衰弱で鬱を抱え込んだ作家
木場修太郎 ・・・はみだし刑事

時代設定は、どの作品も昭和28年を中心とした戦後復興から時代の転換に入る頃で、そういう不安定な時代背景をバックに物語は進んでいきます。
また太平洋戦争が、起こりうる事件に影を落としています。
文体は、豊富な語彙を駆使して言葉を選んで書かれていて、軽く読み流すという文体ではなく正面から「読む気」で読まないと話がわからなくなります。
登場人物(犯人)の心理描写がパラレルで複雑に進んでいきます。
話によって異なりますが、そこに関口、榎木津や木場が係わっていき、最後に京極堂がすべての「憑物」を落として話がおわります。
憑物落し・・・いわゆる謎解きですが、犯人探しというより「言葉」によって犯人および周辺の人に取り付いてたモノを落とすという表現がしっくりきます。
読者も一気に憑物が落とされるカタルシス・・・この感覚が好きで読んでいるのかもしれません。

今回の「邪魅の雫」。
神奈川の大磯、平塚で次々と若い女性が殺される事件が発生。
東京江戸川で起こった会社員の変死事件との関連は?振舞わされる捜査官。
捜査の最中に、再び殺人が・・・「邪魅」とは?「雫」とは?
事件に巻き込まれる関口、榎木津の不可解な行動。
京極堂の落とす憑物とは。

最後の1ページを読み終えたとき、「ほぉ!なるほど!」と唸ってしまいました。

読者はこのシリーズを読んでいると気づくのです。
「妖怪」は人の心に住んでいるものであるということを。